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海外での人付合い・恋愛・結婚
2007.7.11 感情の共有

日本から離れて生活していたら、感情の繋がりについて理解が深まってきた。

日本人の感情は繊細で、西洋人の感情は理知的で、中国人の感情は単純。

どれが良いというのはないと思うが、日本人は繊細だからこそ他の国の感情に合わせる能力が高いのだと思う。

2007.7.11 感情の共有

中国人は繊細さがないから日本人の心を読めないとか、西洋人は物質文明で心に焦点を当ててないから感情を感じ取る能力がないのかと思っていた。

最近、気づいたが、そうではない。

彼らも彼らなりに感情を感じ取る。

日本人とは別の部分で感情を共有しているという表現がわかりやすいかもしれない。

オイラのイメージでは、日本人は頭の奥にある繊細な感情で主に繋がっていて、中国人は主に胸全体にある単純な感情で繋がっていて、西洋人はひたいの辺りの理知的な感情で繋がっている。

感情を説明するときに困るのが語彙の少なさ。自分の感じていることを表現しようとしても、「頭の奥で共有する感情」「胸全体で共有する感情」「額の辺りで共有する感情」などと限界がある。感情を感じる能力が少ない人にはこの表現は分かりにくいかもしれない。

中国人の感情共有

中国人は主に「胸のあたりにある感情」を共有している。

その胸のあたりにある感情を日本人の繊細な感情を感じるままで感じてしまうと、ダイレクトすぎて痛みが大きい。

日本人はその痛みを感じたくないから、そういう種単純な感情を抑えることを覚えて、その代わりに繊細な感情の共有を身につけたのだと思う。

ヨーロッパ人の感情共有

まだ、ヨーロッパでは4か月ほどしか生活していないのではっきりとは分らないが、ヨーロッパ人は額の辺りで感情を共有している印象だ。

はっきりと分らないというのは、典型的なヨーロッパ人とダイレクトに感情を共有した経験がないから。

オイラの言っている意味で感情を共有すると、相手の心の声が聞こえたり、相手と自分との感情の境がなくなって、繋がっている感がとても気持ちよくなる。

これも人類の進化の一過程で、この状態からさらに進めばいわゆる「悟り」の世界だろう。この一歩前の状態は現代では「精神分裂病」と定義される。そりゃそうだろう急に相手の感情が自分の中に入り込んできたり、テレパシーで伝わったりすると混乱してしまう。

しかし、西洋医学が力を持つ以前は「精神分裂病」の症状は崇高な宗教体験とされていたというし、修行者はまず「悟り」の二歩手前の「精神分裂病」の症状を得るために苦行した。「精神分裂病」の症状になるためには、現実ではありえないような強烈な体験をして自我をぶっとばさないといけないから。

もったいないことに、ダイレクトに感情を共有する気持ちよさを知っている人は少ない。もしこのレベルで相手の感情を感じるようになったとしたら、相手が怒っていると自分の体が物理的に痛くなって怒りを感じられなくなる。怒りは皆が思っている以上に破滅的な力を持つし、体にも驚くほど悪い。老化を加速させる。

仏教で仏になるための48の段階のうちの第一歩が「何事に対しても怒らなくなること」だと聞いたことがある。その人は「ほとんどの人間は怒らなくなるのは無理で、仏になることは大変なことなんだな」と言っていた。

自分は怒りを抜けるのはそこまで大変だとは思わない。怒りの波長の痛みを知っているから。何で多くの人は怒りの波長をいつまでも持ちつづけるのだろう。怒ってばかりだと死ぬよ。ほんとに。

信号待ちでイライラするのはやめようよ。イライラしても信号が変わるのが速くなるわけじゃないし、待ってればそのうち変わるから(w