2005.8.31
中国の企業でやりにくいのは、中国人はなかなか謝らないことだと聞いたことがある。
どう考えても謝らないといけないことでも、「私は悪くない! なぜならこういう理由があるから!」と言うと。
で、仕事がなかなか先に進まないと。
「あ、ここが悪いんですね。ではこうします。」という言葉を当たり前のように期待している日本人は、それでイライラする。
実際見ていると、ほんとに謝ることが嫌いだと感じる。
「私は悪くない。なぜならこうこうこうだから!」およそ理性的だとは思えない身勝手な理屈で言い逃れをする。
「あのときこういう行動をしたのは、実はこういう理由があったからだ。」と自分が悪くならないように後から理屈を考えたりもする。
そうしないと自分の価値観を守れない中国人は見ていて哀れにもなる。
大きな視点から見ると、確実に損をしているのに、目先のことだけを考えているのだろうか?
謝らないことで問題が大きくなっているとなぜそんな簡単なことに気づかない?
子供が生まれて「ありがとう」と「ごめんなさい」を言えるように育てばそれで子育ては成功したと言えるんじゃないですか?って誰か言ってて、なるほどって想ってたけど。
「ごめんなさい。」って素直に言える?って中国人に言ったら、
「何で謝らないといけないの?」 って言い返される。
2007.11.1
地位が高い人ほど、謝らない雰囲気がある。
例えば上司が約束の時間に遅れてきても、ごめんとは言わない。
地位が高い人が遅刻しても、当たり前だと思っている。
部下が遅刻することには厳しかったりする。
同じ部屋でタバコを吸っていて、お前は吸うな!っていう感じの傲慢さだ。
傲慢な奴だからきっと、「地位が高い人の方が忙しいから遅れるのは当たり前だろう」というだろう。
端から見たらどれほど謝らないと行けない場面でも、言い訳をしたり、逆ギレしたり、無視したり、人の責任にしたり。
謝らない。
謝ったら負け?謝ることはいけないことなの?
それが中国スタンダード。身勝手。
そういう態度を目の当たりにすると中国人は頭がおかしいということを実感する。
高校生の頃読んだ記憶がある司馬遼太郎の「項羽と劉邦」の中に、普通の人なら怒る場面で劉邦は怒らず、相手の言い分を聞き謝る場面があった。
読みながらドキドキして、衝撃的だったのを思い出す。
それで、中国人の英雄はすごい、中国は英雄を育てる土壌があるんだ!と勝手に解釈して中国を評価したけれども、すごいのは中国人ではなくて、「謝ると負け、謝ったらいけない」雰囲気のある中国の中で、なおかつ謝ることの出来た劉邦さんが偉いんだ。
その視点から司馬遼太郎の「項羽と劉邦」読み返してみたら面白いんじゃないかと思うこの頃だ。
中国では日本のように本音と建て前を使い分けないから「言葉にする」ということが大きな意味を持つ。
「とりあえず口先だけでも謝っておこう」という考えの人は少ない。
そういうコトが平気で出来る人なら中国ではおそらく高い地位にはつける。
簡単に人をだませるから。
悲しい生き方ではあるんだけど。