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中国人との付き合い 間接的・婉曲的・遠回しな中国人

中国人はあんがい間接的な表現を好む

2007.01.04

中国人は無礼で不躾で無遠慮で・・・

とにかく嫌い!

と知り合いの中国人を見て感じている人も多いかもしれないが、実際にはあんがい間接的な表現を好む。

そういう囚われというか思い込みは激しくて、最初のころは勘違いしていた気がする。

最近言われて、間接的な表現を好む中国人の国民性というのが分かってきた。

無礼だが間接的な中国人

日本人・韓国人・中国人を一言で表すなら、以下のようになる。

礼儀正しく間接的な日本人。

無礼で直接的な韓国人。

無礼だが間接的な中国人。

日本人が礼儀正しく間接的な表現を好むのは分かる。

韓国人は無礼で直接的っていうのも分かる。

奴ら、直球しか投げないから。(笑)

中国人が無礼なのは分かるけども、間接的というのはピンとこない人もいるかもしれない。

確かに街に出て彼らが話している言葉を聞くと、直接「馬鹿だなお前」とか「この料理まずい」とか、表現は直接的なものが多い。

中国人が直接的なのは、日々の細かいちょっとしたこと。

日本人が直接的な表現を一切しないのに対して、中国人は直接的、間接的両方の表現を場面によって使い分けるという印象だ。

もてなしの場面で

対人関係において、大切な人をもてなす場面などでは、そういわれると表現が間接的だ。

たとえば、食事で誰が払うかという場面。

「私が払う。」「そう、ありがとう。」

では、済まない。

「私が払う。」「何をおっしゃいますか、私が。」「いや、私が払うと言ったら払う。」「大丈夫私が!」「私が払いますよ!」

という会話が延々と繰り返される。コメディみたい。

これは中国人にとっては非常に大切なことだそうだ。

払うつもりがなくても、そういうふりをしないと、中国で長くやっていこうと思ったら無理だと。

そうしないと信用がなくなるらしい。

「あなたのことを大切に思う。」という間接的な表現だ。

誰が払う、というのは最初は分からなかったけど、だんだんと慣れてきて、この人が払うだろうなと言うのが分かってくるし、その人に払わせないとその人の面子をつぶすことになる。

そこにたどり着くまでの表現がえらく間接的で疲れることもあることは確か。

ありがとうのかわりに

中国人は照れ屋で仲の良い同士で面と向かって「ありがとう」と言うことはちょっと恥ずかしいと想っている節がある。

そのために仲の良い友だち同士では「ありがとうと言うな!」という関係になりやすい。

その代わりに行動で「ありがとう」を伝える。

小道具としてのタバコ

人と仲良くなるための小道具としてのタバコもそう。

中国人は自分がタバコを吸うときにはとりあえず、他の人にも勧める。

同じタバコを「もらうこと」「あげること」で、お互いの距離を縮めようとしている。

これも、言われてみれば間接的な表現だ。

プレゼントが好きな国民性

プレゼントが好きな国民性も、間接的な表現を好むことに由来するのだろう。

風水

そういえば中国人が風水好きなのも表現が間接的だということに多少は由来しているのかもしれない。

「幸せを望みます!」と直接ではなく間接的にお願いしているというか。

あなたを大切に思います

特に「あなたを大切に思っています。」という場面では表現が直接的でないことが多いように感じる。

男女の問題、いわゆる「i love you, me too」stuff。

中国人で表現が素直な人は非常に表現が素直だから分かりやすいのだけれども、そうでない人は何を考えているのか分かりにくい。

本気に好きになっている人の表現は非常に回りくどくなっているような気がする。

嫌われているんじゃないか?と思うほどに、分かりにくい。

「中国人の表現は直接的。」って誤解していたことに因を生じると思うのだけれども、案外と中国人と日本人の間接的に表現をするという部分は似ているのかもしれない。

そういう視点から中国を眺めると、また違った印象が生まれてくるはずだと思っている。

中国人は実は純粋で恥ずかしがり屋でかわいい

こういう間接的な表現の中国の文化に焦点を当てると、中国人の実は恥ずかしがり屋で可愛い国民性がはっきり見えてくる。

中国人て、^-^ほうしうからみると、笑えるぐらい恥ずかしがり屋で純粋で見てるこっちが照れるほどに可愛い部分もある。