四半世紀を駆け抜けたキラ星「アイドル」爆笑取材秘話
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およそ二百数十人もの新人アイドル少女を毎月対面取材した著者。
田中麗奈、酒井法子、優香らトップアイドル!「立ちバック、さいこー!」と口走ったり、途中から「手コキ」を始めた名前の出せないアイドルまで・・・。
2007.4.24
先日、知人と一緒に展覧会のオープニングに行った。
そこで、パフォーマンスアートを見る機会があった。
驚いたのは中国でもコンセプチュアルアートをやっているという事実だ。
以前は798芸術地区にいたがそこではコンセプチュアルなアートを見ることはほとんどなかった。
外国人向けに売るための少し媚びたようにも思える「きれいなだけのアート」ばかりだった。
中国のアーティストは政治的な圧力に屈していて、そういう批判的なアートが育つ土壌はないと想っていたがそうでもないのかな?

中国のパフォーマンスアート
泥の中に埋もれる中国の会社のスタンプを押してある男性
言葉で説明できるぐらい単純なものを表現するのなら、アートの形式を取る必要性はないよね。
言葉で説明できる様なものを表現するなら、それを口にすればいいだけだから。
わざわざ遠回りした表現をする必要もない。
直感や感性で理解したことはやはり直感や感性の繋がりでしか伝えられない。
それを伝えるためには言葉は制約が大きすぎる。
そういった直感や感性でしか表現できない何かを、言葉の限界を超えたところで表現して欲しいと想う。
ポジティブなメッセージが含まれないと単に愚痴を言って酔いつぶれるだけの飲んだくれのおっさんとなんら変わりがない。
「お前ら唾吐くなよ!」って唾を吐きかけるみたいな。(笑)
そういうメッセージならわざわざ作品にする必要はないよね。
確かに怒りは創造するパワーではあるけど、究極的には破壊しか生み出さないから。
これは簡単なようで難しい。
ポジティブなメッセージを作品から感じたとしても、それを作ったアーティスト自信が自己矛盾していることは多く、それに気付いていない場合がほとんどだ。
多くのアーティストは自己を深く観察していないからだと想う。
世界に対して何かメッセージを発するなら、それが発生するアーティスト自身も成長して欲しいと想う。