2008/05/12
こういう場面では人間として「ありがとう」と言うべき、こういう場面では「ごめんなさい」って言う。
「ありがとう」と「ごめんなさい」は人間の精神活動の根本にあるもので文化や社会が変わっても不変だと想っていた。
しかし海外生活をしているうちに「ありがとう」も「ごめんなさい」も人間の精神活動の根本にあるものではなく、文化や社会が作り上げた概念を自分の心の奥にあるものと誤解している場合が多いと分かってきた。
それは無意識に形作られた強固な囚われと言っても良い。
その強固な囚われがあることに気づくと自分自身の判断と想っていたことが実はそうではなかったのだと気づく。
自分自身で考えて判断しているようでも、多くの場合無意識に心の一番奥底に形作られた文化や社会の常識的思考からの判断であることが多い。
それは自分自身の純粋な思考の結果とは呼べない。
自分自身の思考の結果ではなかったらそれは自分を生きているとは言えないかもしれない。
強固に囚われているこの自分を見つめることができて初めて本来の意味で自分の人生を生きることができるようになる。
その強固な囚われを抜けるのは本当に難しい。
「だってそれって常識でしょ?」と強固な囚われの領域から離れることは否定されてしまうから。
とりあえずのんびりと自分をもっともっと見つめよう!