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2007.1.28
現代の若者は「ありがとうを言わない」とか「モラルがなくなっている」とか「自己中心的だ」などと批判されている。
ありがとうと言わない日本人が増えているらしい。
どうしてだろうと考えてみた。
根底にあるのは日本の過剰なサービスではないだろうか。
過剰なサービスに慣れて、そうしてもらうことに「ありがとう」とは想わずに「当たり前のこと」だと想ってしまうのかもしれない。
「ありがとう」と言わずに「大きなお節介だ」とさえ想う人もいるようだ。
過保護で過剰なサービスが、日本人の感じ方まで変えてしまったのか。
以下、ウェブサイトから拾ってきた記事。
「うちの息子が車掌に注意されたそうだが、客を怒鳴るとは何事か」
これは、列車内の床に座り込んでいるのを車掌に注意された男子高校生の親から、JR北海道の担当者に実際にかかってきた電話の内容。
20年以上のキャリアを持つ都内のベテラン保育士は、ある母親の言動に耳を疑った。おもらしをした子供に貸した保育園のズボンを返却するよう促したときのことだ。
「保育園のものの方がすてきだから、譲ってくれない」。母親は真顔でそう答えたという。
「昔は言わなくてもアイロンをかけて返してくれた。(借りたものを返さないことが)悪いという認識が感じられない。親に社会性がなくなってきています」。保育士は深い嘆息を漏らした。
親に社会性がなくなっていると言うよりも、若い親の世代は日本の過剰なサービスが当たり前と考えているだけだと感じた。
彼らは、「こちらがお金を払っているんだから、サービスを受けるのは当たり前。」だと感じている。
それが旧来のモラルよりも上に来てしまった。
決して彼らがモラルがないとは想わない。
彼らは彼らなりのモラルを持っていて、「プロなら、プロのサービスをするのが当たり前だろう。」というモラルがあるのかもしれない。
最近のニュースではモラルがなくなった、自己中心的だという論調が多いが、果たして単純にまとめてしまっても良いのだろうか?
現代は数十年前とは全く環境が違う、新しい時代だ。
人の考え方やモラルのあり方ももちろん変わる。
そういう新しい時代にあって、モラルだけは古いものを求めるというのは馬鹿げている。
新しい時代の新しいモラル、新しい時代の自分のあり方、存在の意義などを求めていかなければならない時代なのに。
「古いモラルを踏襲しよう」というスローガンを掲げるよりも「新しい時代の新しいモラルを構築しよう」 のほうがはるかに建設的に思える。
現代の激しい変化の中では、古い時代の考え方では自分を保てなくなっている人が多いみたいから。